交響曲

英: symphony   独: Symphonie
仏: symphonie   伊: sinfonia

  18世紀の半ば頃に現れた大規模な多楽章形式を持つ管弦楽の為の楽曲。
  交響曲は管弦楽の為のソナタということが出来、その全体の形式、各楽章の形式、楽曲の
  内部構成はソナタと全く同じである。従って、17世紀から18世紀に渡って多くの意味を持っ
  て用いられていたシンフォニアとは別のものである。


  18世紀半ば頃にイタリア(ヴィヴァルディ、サン・マルティーニ)、ドイツ(シュタミッツとマンハ
  イム派)、フランス(ゴセック)、オーストリア(カンナビ)、イギリス(ヨハン・セバスチャン・バッ
  ハ)等の諸国にいっせいに現れ、ハイドンはこれら先輩達の成果を利用しつつ交響曲に一大
  進歩を与えた。
  現在ハイドンは“交響曲の父”と呼ばれているが、交響曲の一般的特徴はそれ以前に決定
  されており、ハイドンはこれを形式的に整備すると共に音楽的に多くの傑作を残した。

  ハイドンの交響曲(四楽章を本体としている)
    第一楽章:アレグロはソナタ形式をとっていて、しばしば重々しい導入が付せられている。
    第二楽章:緩やかな楽章で複合三部形式が多く用いられている。
    第三楽章:舞踊的な古典の唯一の生き残りであるメヌエットが用いられている。
    第四楽章:ロンド形式系統の急速で軽快な曲。

  以上のような四楽章の配置は交響曲にとって基本的なものということが出来、ハイドン以降
  にはこれが基礎となって次第に様々に変化が考え出されていった。

  モーツアルトの交響曲
    モーツアルトの初期の作品は多くの人の影響を受け、交響曲としても一定の型を追求せず、
    序曲風なもの、或いは非常に自由な構成を持つもの等数多く書いたが、厳格な交響曲も
    書いた。
    晩年になって次第に、ハイドンの伝統による厳格な形を追求するようになり最後の音楽で
    ある三大交響曲(変ホ長調、ト短調、ハ長調)を生むに至った。
    モーツアルトのイタリア様式の影響のもとに歌謡性(第二主題に対し)を導入したことが
    最大の功績だとされている。
  
  しかし、ハイドンの伝統を守りつつも多くの独創的な部分もあり、内容的にはハイドンよりも遙
  かに複雑であり人間的である。


  ベートーベンの交響曲
    交響曲を内容及び形式的において完成し最高の芸術に成し遂げたのはベートーベンであ
    る。交響曲を極めて大規模なな且つ独自な性格を持つ音楽に飛躍・拡張せしめた。
    第一楽章にソナタ形式を用い、第二楽章に複合三部形式を用いるとしても、それらはハイド
    ンの形式と規模とは全く異にしている。
    第三楽章にはメヌエットの代わりにツケルツォを用い、これによって古典的舞踊組曲との絆
    を断ち切っている。
    交響曲はベートーベンにおいて頂点に達しているが、しかし、様々な変化を受けつつ現在に
    至っている。


  シューベルトの交響曲
    形式的上の発展は見られないが、主題が全体として旋律的になり、その為に立体的、構成
    的、有機的だった交響曲は次第に平面的、歌謡的となっていった。


  シューマンの交響曲
    シューベルトと異なり形式上にも若干の新しい創造が見られる。しばしば不均衡な形式を用
    いており、それと共に二部構成にもとづく形式を採用している。また、第四交響曲のように全
    楽章を中断せずに演奏する交響曲も書いている。


  ブラームスの交響曲
    ベートーベンの伝統に基づくとはいえ、ロマン的傾向は明確に現れており、形式は確実で整
    備されているが情緒的傾向が顕著である。


  20世紀の交響曲
    印象派は交響曲を全く見捨てたが、表現派の始祖であるシェーンベルクは20世紀初頭にお
    いて15楽器からなる室内交響曲を書きロマン派的交響曲を再び戻した。これ以後現代作曲
    家によって取り上げられている。



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