長唄
三味線の伴奏で歌われる。上方長唄と江戸長唄(単に長唄という)の二種類がある。 1.地唄の中の一種、“上方長唄”とも称される。 検校均等の作曲になり、三味線組から発達して来た形式を用いた歌曲である。 “滝尽くし”、“松尽くし”、“八重梅”など。 2.江戸で歌舞伎地として起こった三味線歌曲で、長いもの。上方長唄に対して“江戸長唄”と呼んだ。 宝永元年(1704)から宝暦頃(18世紀中期)に俳優と共に京阪地方から江戸に来て劇場に 出た三味線家達によって江戸に移入された唄に始まり、これを芝居の動作に合うように作り上 げられたもの。 三味線家としては杵屋の家系が最も古い。 文化文政から天保安政にかけて長唄の全盛時代となり、多数の名人上手が出て、多くの名曲 を発表し、三味線唄ものの最高位を占めるに至った。 また、一方には芝居とは別に座敷音楽としての曲も作られ、明治以降は劇場音楽としての長唄 と演奏会用音楽としての長唄とが並んで盛んになっている。 伴奏には三味線の他に、笛(能管、篠笛)、小鼓、大鼓、太鼓などの囃子楽器を用いる。 唄の家系には吉村、吉住、富士田、松永、松島等がある。 三味線の家系には杵屋、稀音家、岡安、今藤、柏等があり、杵屋の中にも多くの家元が対立し ている。 純長唄(例:“娘道成寺”、“越後獅子”、“老松”。“夕汲”、”元禄花見踊”等)。 めりやす(例:“五大力”、“黒髪”、“開けの鐘”等) 唄浄瑠璃(例:“勧進帳”、“船弁慶”、“鳥羽恋塚”等) 大薩摩(例:“矢の根”、“筑摩川”等) 端唄、小唄に対して江戸初期の上方に行われた長編の三味線歌曲。 江戸長唄=単に長唄という。歌舞伎踊唄、上方長唄を元として、大薩摩や浄瑠璃節を加味し、 江戸音曲の中心として発達した。 |
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