蝶の夢

6.時を越えて

 静かな春の夜でした。
 おばあちゃんは窓辺に立って、昼間孫たちに聞かせた昔話を思い出していました。
 真珠色の蝶々も、あんな不思議なカーニバルも、あれから二度と見ることはありませんでした。
 もちろん、あの不思議な少年も。
 やがて時が過ぎ、大きなジョーゼフは先に旅立ってしまいました。

 「そう言えばあの時、“一緒に行こうって言ったのに”って泣いたわねえ。“先に行っちゃうなんて、ずるい
 わ”って。」

 それからしばらくの間は、夜中にジョーゼフが迎えに来てくれるんじゃないかと、待ち侘びていたものでした。
 しかし、なんの訪れもないまま、やがて大人になり、結婚と同時に村を離れてしまいました。
 それから今日まで、あの村には戻っていないのです。

 「黒い森は、まだ残っているのかしらねえ。あの野原で、時々はカーニバルを開いているのかしら。」

 ジャックやマジョリカは、いまでも蝶々を集めているのでしょうか。

 「きっと、そうよね。ジャック。」

 一人うなずきながら、おばあちゃんはベッドに入りました。



 どれぐらい眠ったでしょうか。
 「ワン!ワン!」
 犬の声におばあちゃんは目を覚ました。

 「あら?なにかしら?」

 じっと耳を澄ましていると、また声がしました。
 「ワンワン!」
 おばあちゃんは気付きました。

 「……ジョーゼフ?」

 ベッドから降りると、おばあちゃんは部屋を出て、大急ぎで玄関に向かいました。
 ドキドキしながら玄関のドアを開けました。
 しかし、誰もいません。耳を澄ましてみましたが、犬の声はもう聞こえません。

 「気のせいだったのかしら。」

 そう思いながらも、おばあちゃんは外に出てみました。
 大きなまるい月が、空にのぼっていました。

 「きれいねえ。」

 しみじみと眺めているおばあちゃんの上に、なにかキラキラと光るものが降ってきました。

 「あら?これは……。」
そのときでした。
 「ワン!」
 ハッと視線を戻すと、そこには懐かしい姿がありました。

 「ジョーゼフ!ジャック!」 

 思わず駆けだしたおばあちゃんは、いつの間にかちいさなマリアの姿に戻っていました。

 「来てくれたのね!」

 飛びついてきたちいさなマリアをしっかり抱きとめて、ジャックは笑いました。

 「約束したろう?ジョーゼフとちいさなマリアと、一緒に行こうって。」

 大きなジョーゼフも尻尾をぱたぱた振り、大きな頭をぐいぐいとちいさなマリアに押しつけます。

 「ジョーゼフは、君が一緒に行けるようになるまで、ずーっと待っていてくれたんだよ。」

 ちいさなマリアの目に涙があふれてきました。

 「ごめんね、ジョーゼフ。先に行っちゃったかと思ってた。」

 大きなジョーゼフは、大きな桃色の舌で、ちいさなマリアの顔を舐めました。

 「さあ、今度こそ、一緒に行こう。」

 ジャックの手をしっかり握って、ちいさなマリアは大きくてまんまるなお月様に向かって飛び始めました。
 その後ろを大きなジョーゼフが、アップルパイ色の尻尾をふりふり、ついて行きます。
 とても静かで穏やかな、春の夜の出来事でした。
                                   (おわり)

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                                             (2004・12・24 アップ)

                                                 BGM:春風のお話