蝶の夢

5.今は昔

 「おばあちゃん、すごい!お月様の世界に行ったんだ!」

 イスをガタガタさせてはしゃぐヘンリー坊やに、エルシーはぴしゃりと言いました。

 「バカね、違うでしょ。ジャックが“君はまだ行けない”って言ってたじゃないの。」

 ヘンリー坊やは口を尖らせました。

 「でも、光の柱に入ったじゃないか。」

 エルシーもお姉さんぶった口調で言い返します。

 「だからそれはね、きっと……きっと、おうちに送ってくれたのよ。」

 そんな姉弟のやりとりを聞きながら、おばあちゃんはアップルパイを切り分けています。

 「はいはい、二人とも、ケンカしないの。エルシー、ヘンリーのお皿にアップルパイを乗せてあげてちょうだい。
 そうそう、上手ね。あら、ミルクが温まったわね。……さあ、二人ともおあがんなさい。」

 「いただきまあす!」

 仲良く声を揃えて、ヘンリー坊やとエルシーはアップルパイにかぶりつきました。

 「僕、おばあちゃんのアップルパイ、大好きだよ。」
 「あたしも!あたしも大好き!世界一好き!」

 おばあちゃんは、にこにこしながら、二人を見つめています。

 「私も、おばあちゃんのアップルパイが大好きだったわ。あの時、あのまま月の世界に行っていたら、こうして
 あなた達にアップルパイを作ってあげることもできなかったわねえ。」

 エルシーがうなずきました。

 「やっぱり、ジャックはおうちに送ってくれたの?」
 「そうみたいね。もの凄い勢いで空を飛んでいたんだけど、だんだんそれも分からなくなって、気が付いたら
 ベッドに横になっていたのよ。ジョーゼフもちゃんと床で寝ていたわ。」

 ヘンリー坊やは不安そうな顔になりました。

 「もしかして、夢だったの?」

 おばあちゃんが微笑みながら、

 「そうねえ。夢だったのかもしれないわね。お父さんもお母さんも、私が夜中に外に出たなんてちっとも
 気付いていなかったし。」

 というと、ヘンリー坊やもエルシーもがっかりしてしまいました。
 そんな二人に向かって、おばあちゃんはこう言ったのです。

 「でもね、一つだけ、不思議なことがあるのよ。」

 思わず身を乗り出したヘンリー坊やとエルシーに、おばあちゃんはいたずらっぽく笑いました。

 「床で寝ていたジョーゼフの前足の下に何かが見えたから、引っ張り出してみたのよ。  
 そうしたら、それは見たこともない柄のスカーフだったの。」

 寝る前にはなかったのよ。そう言っておばあちゃんは話を締めくくりました。


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                                                       (2004・12・24 アップ)

                                                        (BGM:今は昔