蝶の夢

4.彼方の約束

 いつしか踊りも終わり、みんなは炎の周りに集まって、空に輝く大きなお月様を静かに見上げました。

 「さあ、ちいさなマリア。そろそろカーニバルはおしまいだよ。」

 ジャックの言葉を合図に、あのだぶだぶの服を着た人が、最後の一掴みの粉を炎にくべました。
 すると、白と水色の炎が一瞬ぼわっと燃え上がり、それから白銀色の光の柱がぱあーっと立ちのぼりました。

 「それでは、ちいさなマリア。会えて楽しかったよ。」

 だぶだぶの服を着た人は、ちいさなマリアに向かって、軽く膝を曲げ、片手を胸に当ててお辞儀をすると、
 白銀色の光の中に入っていきました。
 すると、だぶだぶの服を着た人の姿はほどけるように消えていき、代わりにたくさんの真珠色の蝶々たちが、
 ヒラヒラキラキラ、回るように飛びながら光の柱をのぼっていくのです。

 「まあ……。」

 ちいさなマリアはぽかんと口を開け、目を大きく見開いてそれを眺めていました。
 今までみんなの頭の周りを飛んでいた蝶々たちも、次々に白銀色の光の中を舞いながら、大きなお月様の中に
 消えていきました。

 「あの人は、お月様にいったの?」

 ちいさなマリアの問いかけに、ジャックはうなずきました。

 「僕たちはね、あの蝶々たちを空に返してあげるために、ここに来たんだよ。」
 「あの蝶々はね、死んでしまった人達の魂なのよ。」

 いつの間にか、マジョリカがそばに来ていました。

 「魂って、なあに?」

 マジョリカはちいさなマリアの肩を優しく抱きました。

 「命や心よ。あなたもジョーゼフも、みんなが持っている物。」

 そしてマジョリカはちいさなマリアの手を取ると、ちいさなマリアの胸にあてました。

 「ここにある、あったかいものよ。それがね、死ぬときに蝶々になって外にでてくるの。」

 ちいさなマリアは、白銀色の光の柱を見ました。一人、また一人、光の柱に入っては真珠色の蝶々になって
 空にのぼっていきます。

 「蝶々になると、みんなお月様の扉を通って、もう一つの世界に行くのよ。でも、その扉はいつも開いているわけ
 じゃないの。時々特別な日があって、そのときだけ開くのよ。」


 マジョリカの言葉をジャックが継ぎました。

 「だから僕たちは世界中を旅して、蝶々を迎えに行くんだ。そして、特別な日に特別なお祭りを開くんだよ。」

 ちいさなマリアはちいさな胸に手を当てたまま、ジャックとマジョリカの顔を交互に見ました。

 「あたしも蝶々になれるの?」

 ジャックは優しく微笑むと、そっと首を横に振りました。

 「ちいさなマリア。君はまだ蝶々の子供なんだよ。これから蝶々になるために、大きくなっていくんだ。」

 ちいさなマリアは悲しくなりました。

 「じゃあ、あたしはまだお月様に行けないのね。」

 そんなちいさなマリアを、ジャックはぎゅっと抱きしめました。

 「今はまだ、行けないんだ。でも、いつか必ず行ける。そのときは、一緒に行こう。」

 ちいさなマリアは、ジャックの体をぎゅっと抱きしめ返しました。大きなジョーゼフも大きなアップルパイ色の頭を
 ぐいぐい押しつけます。

 「そのときはジョーゼフも連れて行ってね。」

 ちいさなマリアのお願いに、ジャックはうなずきました。

 「そうだね。約束するよ。」

 マジョリカが二人の肩を叩きました。

 「そろそろ、私も行くね。ちいさなマリア、ジョーゼフ。あなた達が来てくれたお陰で、とっても良いカーニバルに
 なったわ。ありがとう。」

 そしてちいさなマリアの頬にキスをすると、マジョリカは光の柱に入っていきました。
 それを見送りながら、

 「さて、僕もそろそろ行かなくては。でもその前に、君たちを送ってあげないとね。」

 そう言うと、ジャックはポケットから小さな革袋を取り出しました。革袋の中には、ピンク色の粉が入っています。
 ジャックはそのピンク色の粉をちいさなマリアと大きなジョーゼフに、頭から振りかけました。

 「ちいさなマリア、僕の手を握って、目をつぶって。まぶしくなるからね、開けちゃ駄目だよ。ジョーゼフ、君には
 目隠しをしよう。 じっとして……よし、これでいい。」

 それから、ちいさなマリアと大きなジョーゼフは、ジャックに導かれて、白銀色の光の柱に入りました。
 あたたかくて眩しい光に包まれる直前、ジャックの声がしました。

 「さようなら、ちいさなマリア。大きくなるんだよ。」

 そして、ちいさなマリアと大きなジョーゼフは、もの凄い勢いで、空に吸い上げられていきました。


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                                                (2004・12・24 アップ)

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