蝶の夢
3.不思議なカーニバル 黒い森の中は、真っ暗でした。 大きな大きな木が、お互いにワサワサと枝を広げあって、空を隠しているのです。 どうやら黒い森は、お月様に中を覗かれるのが好きではないようです。 真珠色の蝶は、そんな大きな大きな木のこぶだらけの幹や、曲がりくねった枝や、たくさんのよじれた根っこ やらを照らしながら、 ヒラヒラキラキラと飛んでいきます。 ジャックとちいさなマリアは、蝶々の羽からこぼれる銀色の光の粉をたどりながら、森の中を歩いていきました。 その後ろを、大きな――でも森の木達から見たらちっぽけな――ジョーゼフが尻尾をふりふりついていきます。 「ちいさなマリア、聞こえる?」 ジャックが指さす方を見ると、ぼんやりと青い光が見えました。その青い光に近づいていくと、だんだん音楽の ようなものが聞こえてきました。 「お祭りね!」 ちいさなマリアがニコニコしながらジャックの顔を見ると、ジャックもにっこり笑ってうなずきました。 「もう始まってるね。さあ、行こう!」 ジャックとちいさなマリアと大きなジョーゼフは、青い光の中に走っていきました。 黒い森の真ん中は野原になっていました。ここだけはお空が隠れていないので、お月様からもよく見えます。 野原の真ん中では、白と水色の炎が勢いよく燃えていて、そのまわりにはたくさんの人が集まっていました。 いろんな色の服を着た人、キラキラ光るきれいな服を着た人、見たこともないような不思議な形の服を着た 人…… みんなそれぞれに踊ったり、歌ったり、とても楽しそうです。 一人の女の子がジャックとちいさなマリアに気付いて、びっくりした顔になりました。 「あらジャック!その子は……」 その声に、みんなが振り返りました。 「やあ、マジョリカ。」 ジャックは声をかけてきた女の子に手を振って挨拶すると、みんなを見回しました。 「こちらはちいさなマリア。今日のカーニバルに入れてあげてくれないかな。」 それを聞いた途端、みんながどよめきました。ちょっと困ったように顔を見合わせています。 その中で、さっきマジョリカと呼ばれた女の子が口を開きました。 「ねえ、ジャック。そんなちいさな子、いったいどこで見つけてきたの?」 ジャックは自分の後ろに広がる黒い森を指さしました。 「森の入り口だよ。蝶々を追いかけて、そこまで来てしまったんだ。」 マジョリカは思わずちいさなマリアを見つめました。 「蝶々……。」 それを聞いて、ちいさなマリアはとっても大事なことでも話すかのように、うなずきました。 「ジョーゼフがきれいな蝶々を見つけたのよ。キラキラ光る蝶々なの。とってもきれいだったから、 こっそりおうちを抜け出して追いかけてきたら、素敵な曲が聞こえて、ジャックがいたの。それでね、 ジャックがお祭りがあるから行きましょうって言ってくれて、あたし、踊るの大好きだから、一緒に 来たのよ!」 息を弾ませて嬉しそうに話すちいさなマリアと、その隣でニコニコしているジャックを見比べて、 マジョリカはため息をつきました。 「しょうがないわねえ。分かったわ。」 そして、ちいさなマリアに手を差し出しました。 「カーニバルにようこそ!ちいさなマリア。」 ちいさなマリアがマジョリカの手を握ると、今まで周りで見守っていた人達が歓声をあげました。 「ようこそ、ちいさなマリア!ようこそ!さあ、踊ろう!みんな、楽しもう!」 白と水色の炎を囲んで、カーニバルが始まりました。 ジャックの弦楽器の他にも、高い音の出る笛や、小さな太鼓、鈴の音が楽しそうな音色を奏でています。 時折、てっぺんで二つに分かれた帽子にだぶだぶの服を着た人が、炎にぱっと粉をくべると、白と水色 の炎が一瞬にしてピンク色に変わったり、黄色に変わったりします。 ちいさなマリアは、初めはマジョリカと大きなジョーゼフとだけ踊っていましたが、そのうちにいろいろな 人がちいさなマリアを囲んで、一緒に踊りたがりました。 踊っているみんなの上を、何匹もの真珠色の蝶々がヒラヒラキラキラと飛び回っています。 しばらく踊り続けているうちに、さすがのちいさなマリアもくたびれてきました。 そこへ、ジャックがやってきました。 「やあ、ちいさなマリア。カーニバルはどう?」 「とっても楽しいわ。でも、もうへとへとよ。」 ちいさなマリアが息を弾ませながら答えると、ジャックは笑いながらちいさなマリアを踊りの輪の外に 連れ出し、座らせてくれました。 「お祭りって、すごく楽しいのね。連れてきてくれて、ありがとう。」 ちいさなマリアのきらきらした笑顔を見つめて、ジャックは静かに微笑みました。 「どういたしまして。ちいさなマリアが楽しんでくれたら、僕たちも嬉しいよ。」 それから、ジャックは少しだけ寂しそうな顔をしました。 「でもね……このお祭りは、特別なんだ。この先君が大きくなって、いろんなお祭りを見るように なっても、それは今日みたいなお祭りとは違うんだよ。」 ちいさなマリアはがっかりしました。 「じゃあ、お祭りって、本当は楽しくないの?」 ジャックは首を横に振りました。 「そんなことはないよ。お祭りは楽しいんだ。ただ……。」 そう言って、白と水色の炎を指さしました。 「白と水色だったり、色が変わる炎なんてないし、真珠色の蝶々もいない。これは今日のお祭り だけの、特別なものなんだ。そして、そんな特別なお祭りに出られた君は、とても運が良かった。」 そしてジャックは、ちいさなマリアの頭をそっとなでました。 「今夜君が出会えたこの素敵な出来事を、ずっと忘れないでいておくれ。」 Copyright(C) 2004 by じゅの (2004・12・24 アップ) (BGM:カーニバル) |