蝶の夢 2.不思議な旅人 さて、夢中になって蝶々を追いかけているうちに、ちいさなマリアとジョーゼフは村外れの野原まできてしまいました。 とても穏やかな、静かな静かな夜でした。 お空には、まんまるの大きなお月様が輝いています。 やわらかな明るい光に包まれて、野原はどこまでも広がっているようでした。 その上を、真珠色の蝶々がヒラヒラキラキラとわたっていきます。 蝶々の羽からこぼれる銀色の光の粉を浴びて、ちいさなマリアは自分が妖精になったような気がして、嬉しくなりました。 ちいさな両手を広げて跳んだりはねたりしながら、ちいさなマリアは蝶々の後をついていきます。 その後ろを、アップルパイ色のジョーゼフが尻尾を振りながらついていきます。 やがて。 ポロロン。ポロロン。 静かな夜の向こうから、かすかに音が聞こえてきました。 ポロン。ポロロン。 蝶々はその音のする方に飛んでいるようです。だんだんと音が近づいてきました。 ポロン。ジャラン。ポロロン。ポロロン。 そこには、一人の男の子がいました。野原を囲う柵の上に腰掛けて、小さな弦楽器をつま弾いています。 ジャラン。ポロン。ポロロン。ポロン。 男の子は目を閉じて軽く体を揺らしながら、音楽を奏でています。 それはとても綺麗で、ちょっぴり悲しげで、どこか懐かしい音色でした。 ちいさなマリアは、ぽかんと口を開けて、男の子にみとれていました。 ジャララン。 男の子が、ふっと目を開けました。 「こんばんは。ちいさなマリア。ぼくはジャックだよ。」 「こんばんは。ジャック。」 ちいさなマリアもご挨拶をしました。 ジャックはちいさなマリアにほほえみかけると、今度はジョーゼフを見ました。 「こんばんは。ジョーゼフ。」 ジョーゼフも大きな尻尾をぶんぶんと振りました。 「ところで、君たちはどうしてここに来たの?」 ジャックに聞かれて、ちいさなマリアは蝶々の事を思い出しました。 「キラキラ光る蝶々を追いかけてきたのよ。」 そう言って辺りを見回しましたが、真珠色の蝶々はいつの間にかいなくなっていました。 「いなくなっちゃったわ・・・。」 ちいさなマリアはがっかりしました。 「ジャックはあの蝶々を見なかった?とってもきれいな蝶々だったのよ。」 「うん、知ってるよ。真珠色の羽で、銀色の粉がキラキラしてる蝶々だよね。あの蝶々ならよく知ってる。」 残念そうなちいさなマリアに、ジャックはにっこりしました。 ちいさなマリアは、ジャックがあの蝶々を知っていたので、嬉しくなりました。 「ジャックもあの蝶々を見に来たの?」 ジャックは笑顔のまま、ちょっと黙っていましたが、 「うん。それもあるかな。」といって、手にした楽器をジャランとかき鳴らしました。 「ぼくは楽器を弾きながら、あちこちを旅してきたんだよ。カーニバルって知ってる?」 ちいさなマリアは首を傾げました。 「知らないわ。カーニバルってなあに?」 ジャックはポロポロと弦を弾きながら空を見上げました。 「えーっとね、特別なお祭りのことだよ。ぼくはそのカーニバルに出るために、ずっとここまで旅してきた。」 お祭りと聞いても、ちいさなマリアはきょとんとしています。 「お祭りって、なあに?」 ジャックもきょとんとしてから、笑い出しました。 「まだお祭りを知らないんだね。お祭りってね、みんなで歌ったり踊ったりするんだよ。」 ちいさなマリアのちいさな顔が、ぱっと輝きました。 「あたし、踊るの大好き!いつもジョーゼフと踊るのよ。」 ジョーゼフも「ワン!」と鳴くと、大きなピンク色の舌でちいさなマリアのちいさな手をぺろりとなめました。 「ちいさなマリアは踊りが上手だね。さっきも、蝶々と一緒に踊っていたね。」 そう言ってジャックは腰掛けていた柵から、ぽんと飛び降りました。 「今夜がそのカーニバルの日なんだ。ほら、あの森。あそこにみんな集まるんだよ。」 ジャックが指さしたのは、いままで腰掛けていた柵のずっと向こう――野原の奥に広がる、黒い森でした。 ちょうどそのとき、あの真珠色の蝶々が、ヒラヒラキラキラと森の方に飛んでいくのがみえました。 「行くかい?」 差し出されたジャックの手をしっかり握って、ちいさなマリアは森に向かって歩き出しました。 大きなジョーゼフがその後ろからついていきます。 「ちょうど今夜は満月だし、きっとすてきなカーニバルになるよ。」 Copyright(C) 2004 by じゅの (2004・6・6 アップ) (BGM : 愉快な仲間)